韓国大田(テジョン)にて

shinkiku.exblog.jp
ブログトップ

テジョンにもオリンピックの聖火

週末に家族みんなでサムギョプサルを食べに行った。

食堂に向かって歩いていると道ばたの懸垂幕(ヒョンスマク)に
「オリンピック聖火奉送路 駐車禁止」
と書いてあるのが目にとまった。

僕は大田(テジョン)の西区に住んでいる。懸垂幕には

「12月11日(月) 09時~18時 政府大田庁舎→先史遺跡交差点→地下鉄政府庁舎駅交差点→ムジゲアパート商店街」

と書いてある。ピョンチャン冬季オリンピックの聖火だろう。
周囲にはピョンチャンオリンピックに関心のありそうな人はいない。
盛り上がりはいまひとつのようだ。
うまくいくといいのですが。
e0008743_20254956.jpg


[PR]
# by eowjs | 2017-11-26 20:33 | 大田(テジョン)の今 | Comments(0)

小鹿島

9月末の週末に全羅南道高興郡の小鹿島に行った。戦前、いまからちょうど100年前にハンセン病の患者たちを隔離する病院が設置され、現在も国立小鹿島病院がある。この島でハンセン病の患者たちは不自由な生活を余儀なくされた。景色は穏やかで美しいが悲しい歴史をもつ島である。島の片隅に日本人がかつて建てた神社の建物が残っている。拝殿と本殿とおぼしき建物は最近になってペンキが塗られたのだろうか。よく見るとコンクリート造りである。もしかするとそれで終戦直後に破壊されずに残ったのかもしれない。木造より壊しにくいから。
e0008743_14502506.jpg
e0008743_14501719.jpg
『朝鮮総督府官報』(1936年5月18日第4面)に見える「小鹿島神社」がこれだと思う。
e0008743_14470883.jpg
小鹿島の病院の隣には公園があり、そこにあった案内文によると、この神社の設立を願い出たSさんという(官報にも名がみえる)人は第何代目かのこの病院の院長で、自分自身の大きな銅像を建てて患者たちに参拝させるなど強圧的な方針が反感を買い、結局は患者に刺殺されてしまったという。ショッキングな事件である。かと思うと2代目の院長の花井善吉博士は患者たちの自由な生活を認めたので韓国人の患者たちに慕われ、死後には彰徳碑が建てられた。この石碑は李承晩大統領の時代に日本統治の影響を一掃するために撤去を命じられたが、患者たちがひそかに地中に埋めておき、そうした時代が過ぎてから掘り出されて今まで残っているのだという。
e0008743_14504564.jpg
黒塗りの木造の建物は約100年前(1916年)に創設された小鹿島慈恵医院の建物。
e0008743_14494935.jpg
e0008743_14503460.jpg







[PR]
# by eowjs | 2017-10-05 20:52 | 韓国について | Comments(2)

90年以上前からある路地(大聖女子高の塀沿いの道)

大田市東区佳陽洞に大聖女子高校(1965年創立)がある。↓
http://terms.naver.com/entry.nhn?docId=1182971&cid=40942&categoryId=34667
地元に古くから住んでいる人はこの学校を大抵「大聖女商(대성여상)」と呼ぶ。長い間、商業高校だった。

この学校の塀に沿って細い道があるのだが、1928年発行の地図を見ていて、
この細い道が当時からあったことを知った。下の地図のオレンジ色で表示した道である。

e0008743_17453675.jpg























大田駅は赤い四角で囲っておいた。水色の部分は「蘇堤湖」で、この地図の作られた1928年にはすでに
姿を消して田んぼになっている。蘇堤湖跡のほぼ中央を貫く大東川は1927年に治水工事で掘削された人工河川である。
大聖女子高の塀に沿った道は地図の中でオレンジ色に塗った道である。
現在の地図にも同じように表示してみた。

e0008743_17491603.jpg


















今日、昼すぎに運動がてら散歩したときにその道の写真を撮った。
写真を撮っていたら塀越しに授業中の先生の声と高校生たちの声が聞こえてきた。

e0008743_17504512.jpg














e0008743_17503626.jpg














e0008743_17511138.jpg















e0008743_17512222.jpg

























最後の写真はオレンジ色の道と蘇堤湖がぶつかる付近と思われる。







[PR]
# by eowjs | 2017-08-30 17:56 | 大田(テジョン)の昔 | Comments(0)

急に思いついて朝の散歩

今朝、8時過ぎに勤め先(学校です)の事務所に着いた。
最近は車で通勤しているのでどうしても運動不足になる。
それで9時までのわずかな時間に運動もかねて散歩することにした。人影のまばらな夏休みの校庭とその周りを歩いた。

今の職場にお世話になって以来、事務所もあっち、こっちと移動した。まず2002年から2010年までお世話になった部屋のある建物を見に行った。(そこは僕が入る前は、このブログによくコメントを下さる「ぱらぞ」さんが使っていた部屋です。)今はまったく違う部署が入っていた。

次に1996年から2002年までいた事務所を見にいった。
前より綺麗になっていた。でも部屋の横にある木の長いベンチはそのままだった。

次に図書館へ行った。そこの一階には創立者の胸像がある。
ガラス越しに創立者に挨拶をした。そうしてからいったん学校の外に出た。

道路を歩いていると、歩道ブロックの上でうぐいす色の小鳥が死んでいた。そのままにしておくと誰かに踏まれるかもしれない。ビニール袋を事務所に取りに行って、小鳥をその中にいれ、校内の木がたくさん生えているところ(マッコリトンサンという)の切り株のそばに連れてゆき置いてきた。埋めることはしなかった。あとで調べたら「メジロ」という鳥のようだ。

先日は僕がお世話になっていた日本人の先生が亡くなった。
急なことでお別れの挨拶もできなかった。また数日前には
部署は違うが同じ学校の先生がこの夏で職場をやめて帰国されると聞いた。さびしい。

今の職場にお世話になって、この夏でちょうど21年になるが
学校を取り巻く環境は年々厳しくなっている。これといった能のない僕は正直いつまで勤め続けられるかな、と思っている。

勤め先で今までに出会ったいろいろな人のことを思い出しながら歩いていたら暑くて汗まみれになってしまった。
ちょっとは運動になったようだ。





[PR]
# by eowjs | 2017-08-23 22:32 | つぶやき | Comments(4)

路地の入口

大田駅の近くを歩いていた。大洞から元洞に向かって歩いている途中、
右側を見ると何の変哲もない路地の入口が見えた。
ある意味で昔ながらの見慣れた風景。

e0008743_21230938.jpg















何十年も前からこうした景色だったのだろう。でも振り返って道の反対側を見ると

e0008743_21242130.jpg















このようにアパート団地の再開発中。
(位置的には元洞のガードをくぐってすぐ、昔、大韓通運マートだったかがあった場所です。)
上の路地の街並みもいずれはなくなってしまうのかもしれません。

下の写真はおまけ。
e0008743_21264818.jpg
















[PR]
# by eowjs | 2017-07-23 21:31 | 大田(テジョン)の今 | Comments(5)