韓国大田(テジョン)にて

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大田小唄(1番から3番まで)

『朝鮮都邑大観』(昭和12年)という本がある。ずいぶん前に元洞の古本屋で買った。裏表紙に「東洋拓殖株式会社大田支店」と印が押してある。「東洋拓殖株式会社」とはいわゆる「東拓」で、大田支店の建物は現在も元洞と仁洞の中間あたりにある。その本の「大田府」の項に「大田小唄」という歌の歌詞が載っている。1番から6番まであるが、今日はこのうちの1番から3番までを紹介する。

「大田小唄」
1. モタダン大田半島の都
             ヨツホホホイ
並ぶ五つ橋花の中 花の中
 人の好く町誰も好く
 テモ大田   よいよいよい

2. ひとつ蛇の目で片袖濡らす
             ヨツホホホイ
うれし中橋春の雨 春の雨
 人の好く町誰も好く
 テモ大田   よいよいよい
 
3. 櫻花浮く盞あげて
          ヨツホホホイ
下旬の卯月の軍旗祭 軍旗祭
 人の好く町誰も好く
 テモ大田   よいよいよい

1番の「モタダン大田」の「大田」は「テジョン」ではなく「たいでん」と読むのだろうが、「モタダン」という語の意味がわからない。『日本国語大辞典(小学館)』にも見出し語としては出ていない。あるいは「モダン」の誤植であろうか。「並ぶ五橋」とは大田の中心部を流れる「大田川」にかかっていた橋で、南から「宝文橋」「大興橋」「中橋」「大田橋」「栄橋」である。今でこそ大田川にはたくさん橋があるが、昭和12年には5つの橋があったのであろう。昭和3年の地図を見ると「宝文橋」と「栄橋」はまだない。「大田橋」は「木尺橋」として現在復元が進められているようだ。残りの4つの橋は今も名前はそのままである。

2番の「中橋」は上でも見たように5つの橋の一番真ん中にあってその南詰めのたもとには今「패선마트1004」というファッションビルがある。その橋のある通りを「중교통」と呼ぶことがある。「中橋通り」である。

3番に見える「軍旗祭」は「ウィキペディア」によると旧日本陸軍で各歩兵・騎兵連隊が開催していた行事で、開催日はその連隊に軍旗が天皇から下賜・拝受された日、若しくはその日の前後という。この日は一般市民らに連隊を盛大に開放し、連隊の各中隊は出店を開いたり力の入ったセットを作ったり、仮装行列や様々な余興を開く等して訪れた市民達を大いに沸かせたという。

大田には朝鮮軍(第20師団)の歩兵第80連隊第3大隊が駐屯していた。今の位置で言うと、セイ百貨店の隣にあるホームプラスの位置である。(歩兵第80連隊の本隊は大邱に駐屯)歩兵第80連隊は1916年(大正5年)4月18日に創設されており、軍旗拝受もこの時である。大田での軍旗祭は4月21日に行なわれていたようだ。歩兵第80連隊は第二次大戦ではニューギニアのフィンシュハーフェンの戦いの記録などにその名が見える。大田から出征した多くの将兵が食糧弾薬不足に苦しみつつ圧倒的な戦力を持つオーストラリア軍と戦ったことであろう。
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by eowjs | 2010-01-15 16:41 | 大田(テジョン)の昔 | Comments(0)