韓国大田(テジョン)にて

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釜山で野宿 その1

僕は1989年の春に初めて韓国を訪れ、縁があって1992年の秋から今まで韓国に住んでいる。あっという間に20年も経ってしまったが、振り返ってみると今までにはいろんな出来事があった。そうした中で思い出というか特別な経験を書き留めておこうと思う。

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1991年の8月、僕は釜山港にいた。旅行を終えて船の切符代だけ残し、手持ちの現金はほぼ使いきっていた。あとはフェリーに乗って下関へ向かえばよい。下関に着いたら日本の銀行のATMがあるからそこでお金をおろそうと思っていた。ところがちょうど台風が韓国南部に近づき、船が欠航してしまった。(今、調べてみるとその台風12号「グラディスGladis」は8月23日に麗水付近に上陸し、死亡91人、行方不明12人という大きな被害をもたらしたという)
국가기록원 나라기록
91년 울산을 강타한 글래디스 태풍

最小限、船の切符代は残しておかねばならない。残り少ない現金でカップラーメンを食べながら過ごした。そのラーメンの名前はたしか「旅情」といった。当時の釜山駅は今のように立派ではなかったが、その釜山駅の階段に座って食べた。当時駅前の地下通路に降りる階段に飲み物などを売るおばちゃんがいて、牛乳を買って飲んだ。200mlのパック入り牛乳が一つ150ウォンか200ウォンだったと思う。旅館に泊まるだけのお金がないので駅の切符売り場窓口近くに新聞紙を敷いて寝た。僕の隣でも青年が寝ていた。明け方、切符を買う人たちの足音で目が覚めた。

することもないので地下街を歩いて行けるところまで行き、地上に出て降りしきる雨の中をフェリーターミナルへ向かった。歩道橋の上で風のために傘が壊れた。今日も船は出ないという。もうお金がない。途方に暮れた僕はターミナルの待合室でぼんやりしていた。そこに組立式の自転車をかかえたおじさんが来た。日本人のように見えたので、勇気を出して声をかけてみると大阪のかたでHさんといい、自転車で釜山からソウルへと往復旅行しようとしたが台風に遭って途中から汽車で釜山に戻ったとのこと。僕と同様足止めを食って今日は船が出るかと確かめにきたという。他に頼る人もないので事情を話して投宿中の旅館に一緒に泊めてくださいと頼むと、快くOKしてくれた。

今思うと本当に仏様のように親切なかただ。Hさんは見ず知らずの僕においしいプルコギをおごってくださった。ありがたかった。その夜は安らかに布団で寝ることができた。この時点ではよもや、また野宿することになろうとは夢にも思っていなかった。(つづく)

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by eowjs | 2012-06-26 12:10 | 備忘録 | Comments(0)