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韓国大田(テジョン)にて

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カテゴリ:備忘録( 43 )

大田(テジョン)の写真記録物アーカイブ『대전찰칵!』

大田市が市制70周年、広域市(直轄市)昇格30周年を記念して市の保有する写真記録をホームページで公開している。

ホームページ「대전찰칵」http://photo.daejeon.go.kr では1950年代から現在までに撮影された47万枚の写真を見ることができる。
興味深い写真も多い。一度ご覧ください。



by eowjs | 2019-06-18 13:10 | 備忘録 | Comments(2)

家にあるヤバい薬

鼻風邪の薬らしいが名前がヤバい。
日本(特に関西)で発売するには
商品名を変える必要がありそうだ。
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by eowjs | 2019-06-15 20:35 | 備忘録 | Comments(2)

映画『ボヘミアンラプソディ』(テジョンにて)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

もう去年の話になってしまったが、年の瀬の日曜日に家内といっしょに儒城(ユソン)温泉CGVへ行って映画「ボヘミアンラプソディ」を見た。ご存知クイーンの伝記映画である。料金は一人11000ウォン。ほぼ満席で、高齢の夫婦や若いカップル、休暇中の軍服を着た軍人など客層は多様だった。

僕はクイーンの「ボヘミアンラプソディ」がヒットしていた当時リアルタイムで聞いた記憶がない。そのころは小学生だった。インターネットで調べると日本では「およげ!たいやきくん」が大ヒットしていた時期で、当時はそっちのほうに興味があった。友達とクロールするときのように手を回しながら「ま~いにち、ま~いにち、ぼくらは鉄板の~」と歌っていた。

FM放送で洋楽を聞くようになったのは中学生のときで、そのころクイーンはアルバム「THE GAME」を出した頃だったようだ。夜遅い時間のビルボードのヒットチャートを紹介する番組でDJの小林克也氏が「Crazy Little Thing Called Love」が一位と紹介していたのを鮮明に覚えている。復古調というのかサウンドが印象的だった。「THE GAME」はLPレコードを買った。今も実家にあるかもしれない。母が捨ててしまったかもしれないが。

当時「ミュージックライフ」という洋楽関係の雑誌があって僕は毎月購読していた。英語の塾に持っていって休み時間にその雑誌を見ていたら、グラビアか表紙にフレディマーキュリーの写真が載っていた。上半身が裸(だったと思う)のフレディの写真を先生(女性)が見て、「そういう雑誌はもってきてはいけません」と言われた。

韓国語では「QUEEN」は「퀸」と表記し、僕の耳には「キュイン」と聞こえる。韓国の人はよく日本語の外来語の発音がおかしいと言うが、この「QUEEN」に関しては「クイーン」のほうが原音に近いように思われるが、どうだろうか。

それと今後、『ボヘミアンラプソディ』のようにビートルズやローリングストーンズ、レッドツェッペリン、その他のミュージシャンに関する映画も作られたら見に行きたいなと思った。

なんというか映画『ボヘミアンラプソディ』とはあまり関係のない話になってしまった。映画自体は、時間のたつのを忘れて引き込まれるいい作品でした。

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by eowjs | 2019-01-02 14:41 | 備忘録 | Comments(2)

財布を落とした

数日前、夜10時半ごろ近くのスーパーに買い物に行った。
強い雨が降っていた。傘と買い物袋と財布を持っていった。

翌朝出勤しようと思っていつも財布を置いているところをみたが
見当たらない。カバンの中にもない。しばらく探したがないので
これは前日の夜に落としたかなと思った。

それで家からスーパーまでの道をゆっくり歩きながら探した。
その逆もよく探した。それでも見当たらない。

家に帰って電話でクレジットカードの停止をした。
ハナ銀行のカードだったが、係りの人が他の会社のカードはないかと
言うのでサムスンカードもあると言ったら、その場でそちらのカードも
停止してくれた。

ここまでして出勤した。外国人登録証と運転免許証の再発行は翌日以降にしようと
思った。調べると写真は3.5cm×4.5cmのがいるという。勤め先の近くの地下鉄駅に
即席写真機(?)があったのを思い出して歩いて行って撮った。6枚1万ウォン。

翌朝、出勤前に入管に行こうかなと考えていると携帯が鳴った。
知らない番号だ。出ると、団地の警備員さんが財布を拾ったので
取りに来るようにという電話だった。名刺を何枚か入れてあったので
それを見て電話をくれたらしい。

中身はそのままだが、水に濡れている。
聞くと下水口の入り口にひっかかっていたそうだ。
落とした財布が雨水に流されて、そこにあったのだろう。

警備員さんに少しだが謝礼をした。どうせ入管に行って
外国人カードを再発行するには何万ウォンか要るだろう。

財布が出てきてうれしかった。
不思議なのは落とした記憶がまったくないことだ。
物を紛失するときというのはそういうものなのかもしれない。





















by eowjs | 2018-06-29 17:06 | 備忘録 | Comments(0)

地下鉄の蛾

昨日、久しぶりに地下鉄で出勤した。車内はあまり混んでいなかったので、
座ることができた。

途中、市庁駅あたりで、ちょっと大きめの蛾が車内をひらひらと
飛んでいるのに気がついた。そして向かいの座席の女性に近づいて
いった。

スマホを見ていたその女性は自分のそばに飛んできた蛾に気がついて
たいそう驚き慌ててふためき、蛾を払いのけるようにして立ち上がり、
少し顔を赤らめて別の車両に移って行った。

蛾は次にその近くのおばさんの黒いカバンにとまった。その人はあわてず騒がず
蛾を追い払った。蛾はつぎにドア近くで窓のほうを向いて立っている若い女性のほうに
行った。イヤホンをつけて後ろ向きだった女性は最初知らなかったが蛾の存在を知って
びっくりして、龍汶駅でドアが開くとすぐに出て行った。

蛾は乗客の座っていない椅子にとまった。蛾はどうなるのだろう。たぶん板岩の終点
まで行くだろう。その後どうなるか。うまく車外に出られるだろうか。それまでに
誰かに叩き潰されてしまうのではないか。

たまたまかばんに透明のビニール袋があったので僕はとなりのおばさんに
「제가 잡을께요」と言って蛾をその袋に入れた。そして心の中で蛾に
「10分ぐらい我慢しろよ」と言った。

大洞駅に着いて、地下鉄を降り、階段を上って地上に出た。ハナ銀行の前で
ビニール袋の中にいた蛾を放してやった。頭のところがオレンジ色のその蛾は
解放されてひらひらと舞い上がり、道路の反対側の街路樹のほうに飛んでいって
見えなくなった。

蛾はどこから来たのだろう。始発の盤石駅から乗って来たのなら、ずいぶん遠い。
みんなに嫌悪されている蛾ではあるが、無事に家族のもとに帰れることを祈った。
















by eowjs | 2018-06-23 11:06 | 備忘録 | Comments(0)

久しぶりに沃川(オクチョン)へ

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用事があって久しぶりに忠清北道の沃川(オクチョン)へ行った。
テジョンから車で30分ほどでそんなに遠くない。田舎町というイメージがあるが歴史の古い町だ。
百済の聖明王が戦死したのもこの沃川であるし町の入口には大院君が設置させた斥和碑が建っている。

朝鮮時代まで町の中心だったところは旧邑と呼ばれている。
現在一番賑やかなところは日本の時代に鉄道駅ができてから
形成されたのだろう。かつては日本時代の建物も残っているのを目にしたが最近は取り壊されてあまり見なくなった。

そんな沃川の町を歩いていたら工事現場の隣のコンクリートの
建物の壁にかつての木造家屋が顔を出しているのを見て写真を撮った。日本時代の建物だろうか。



by eowjs | 2018-04-22 22:22 | 備忘録 | Comments(2)

『インカ帝国の成立』

最近、偶然『インカ帝国の成立』という歌の存在を知った。
大変インパクトのある歌である。僕はこういう歌が好きだ。
YOUTUBEで何度も聞いているうちに
頭の中にサビの部分がインプットされてしまい、
歩いているときなど不意に口ずさんでしまうことがある。
しかし、不用意に歌うと誤解される恐れがあるので皆さんご注意下さい。

by eowjs | 2018-01-04 13:29 | 備忘録 | Comments(0)

パセリ

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ときどき パセリを買う。
職場へ弁当に持って行って
むしゃむしゃ食べる。
Eマートの屯山店のパセリは値段がよく変わるが
今日は990ウォンだった。普段より安い!



by eowjs | 2017-06-18 19:36 | 備忘録 | Comments(2)

入院

一昨日 自宅から徒歩で10分ほどの距離にある外科医院で手術を受けた。病院で2泊して今日のお昼前に退院した。学生時代から悩んできた宿痾ともこれでさよならできるかも知れない。
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写真はお世話になった病室と病院食。
by eowjs | 2017-01-07 20:05 | 備忘録 | Comments(2)

釜山で野宿 その3

パスポートがなければ日本に帰ることができない。草梁の総領事館へ行ったが日曜日なので担当者がいない。インターフォンのボタンを押して守衛のおじさんに領事さんの電話番号を教えてもらった。連絡するととりあえず翌朝一番に来てくださいとのことだった。交番に行ってパスポートの紛失証明書だったか盗難証明書だったかを作ってもらった。

その晩はもうHさんも僕も旅館に泊まるお金がないので、二人でフェリーターミナルの敷地内の階段の下で寝ようとした。屋外でも階段の下なら夜露を避けられる。だが横になっていると守衛のおじさんが来て「ここは国家重要施設なので寝てはいけない」と言った。事情を説明するとおじさんは詰所(?)へ戻ってカップラーメンを二つ僕たちに手渡しながらどこか他の所で寝なさいと言った。体よく追い払われた僕らはありがたくそのラーメンを食べて近くのビルの植え込みの陰に寝床を移した。Hさんがどこからかダンボールを拾ってきたのでそれを敷いて寝た。蚊に刺された。

夜が明けた。翌日からHさんは勤務だというので何としてもこの日の午後の船に乗らねばならない。朝、下関からの船が着く時間を見計らってフェリーターミナルへ行った。船から降りてくる日本人にHさんが頼んでお金を借りることに成功した。すぐにその日の下関行きの切符を買った。Hさんはその足で自転車に乗って総領事館まで行き、臨時パスポートのようなものを発行してもらった。こうして何とか帰国することができたのであった。下関に着いたときは正直ほっとした。

以上が20年前に僕が釜山で二晩野宿することになった顛末である。今考えるとずいぶん無茶だったが、そのときは何とかなると思っていた。野宿も若かったから可能だった。忘れられない思い出である。 (了)

by eowjs | 2012-06-28 12:09 | 備忘録 | Comments(0)