韓国大田(テジョン)にて

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蘇堤湖

現在、大田(テジョン)市東区には蘇堤洞(ソジェドン)という地名がある。おおまかに言うと大田駅の裏側、北東の方角にあたる。以前からその地名の由来について知りたいと思っていたが、
偶然の機会に昔そのあたりに「蘇堤湖」という湖があったということを知った。韓国語では蘇堤防築(ソジェバンジュク)と呼ばれたらしい。防築というのは土手、堤防というような意味という。

左の地図は1910年代のものらしいが、はっきりと「蘇堤湖」の位置が記されている。一般に「蘇堤」というと中国杭州の西湖を東西に分けるように造られた堤(蘇東坡が作らせたという)が有名なようだが、大田の「蘇堤」も湖を二分するかのように横たわる堤を言ったものだろう。もしかすると中国のそれに似せて作られたのかもしれない。現在では付近は市街化しておりその姿は確認できないが、1928年の地図を見ると水田の中に湖の形を確認することができる。恐らくは1920年代の治水工事により干拓されたのだろう。
またこの蘇堤防築のほとりにあったという「宋子故宅(宋時烈の旧居)」は現在も残っているので湖の位置を大体知ることができる。
すでに触れた宋時烈の八景にも
蘇堤採蓮: (蘇堤湖で蓮を採る風景)
とあったように、かつては夏になると風に蓮の花が揺れる趣のある場所だったのであろう。

現在の地名で言うと、大洞(テドン)五叉路と城南(ソンナム)交差点の中間あたりだ。

現在は蘇堤湖があった位置を貫流するかたちで大東川が流れている。↓

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# by eowjs | 2005-06-27 15:09 | 大田(テジョン)の昔 | Comments(0)

「琴巌」を見に行ったが…

昨日の夕方、
宋時烈の八景にある「琴巌晩笛: (琴巌の笛の音)」の
「琴巌」を見ようと同春堂公園へ行った。

現在は小大軒の前に移されているという。が「小大軒」がどこにあるか
わからず結局見られなかった。

もっとよく調査してからゆくべきだった。

今日はアパートの商店街の建物の中にある
歯医者へ行った。歯医者へ行くのはどうだろう。10年ぶりぐらいではないだろうか。
スケーリングと虫歯治療(奥歯と親知らず)をした。スケーリングが5万ウォン、虫歯が
一本6000ウォン×2本で12000ウォン。アガッシが2千ウォンまけてくれて結局6万ウォン
払った。
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# by eowjs | 2005-06-25 13:19 | つぶやき | Comments(0)

大田八景(旧 その二)

尤庵 宋時烈の大田八景

鶏岳宿雲: (鶏足山に宿る雲)
竜山落照: (鶏竜山の夕陽)
蘇堤採蓮: (蘇堤湖で蓮を採る風景)
椧坪挿秧: (椧坪の田植え)
石村炊烟: (石村の炊煙)
甲川漁火: (甲川の漁り火)
花菴暁鐘: (花菴の暁の鐘の音)
琴巌晩笛: (琴巌の笛の音)


「椧坪」は現在の大徳区宋村洞ホムトンゴル(홈통골)という。「홈통」は龍田洞イルヤン(일양)薬品と大韓赤十字血液院の間にある集落だそうだ。東部交差点の近くだろう。

「石村」は現在の東区城南洞のことだそうだ。

「花菴」は不明。

「琴巌」は宋村とヤンジマルの間の渓谷にあった。同春 宋浚吉がこの岩で弟子たちと自然を樂しんだという。現在は小大軒の前に移されているという。今度見にいってこよう。



「蘇堤」湖についてはいずれ詳しく触れたい。
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# by eowjs | 2005-06-24 14:37 | 大田(テジョン)の昔 | Comments(0)

大田八景(旧 その一)

『朝鮮寰輿勝覧』(※)による大田八景

鶏足疎雨:(鶏足山にまばらに降る雨)
宝文初月:(宝文山の新月)
九峯矗石:(九峯山に聳える石)
甲川落雁:(甲川に降り立つ雁の群れ)
儒城暮煙:(儒城の夕暮れの煙)
楚江漁火:(大清湖の漁り火)
食蔵返照:(食蔵山に照り返す陽光)
高山暁鐘:(高山寺の暁の鐘の音)


※『朝鮮寰輿勝覧』
1910から37年までの韓国の人文地理現況をまとめた韓国最大の地理書。忠清南道公州の儒学者李秉延が1910年から100余名を動員して12年間にわたり全国13道229郡のうち129郡を調査して編纂した百科事典的地理書。


ひとこと
出典の書名は韓国語では「조선환여승람」となる。「寰」は日本の漢字音では「クヮン」で「宇内、区域、地域」という意味らしい。

さて、

「鶏足疎雨」と「宝文初月」はは今も当てはまるだろう。

「九峯矗石」もまた然り。
弘道塚のある大田市公設墓地の背後の山が確か九峯山。

「甲川落雁」はどうか。今も水鳥の姿を多くみかけるが、水が汚い。

「儒城暮煙」は昔の儒城の鄙びた夕暮れの景色は今となっては想像すべくもない。観光特区の不夜城、遊興街である。

「楚江漁火」はどうだろう。大清湖は1980年代に全斗煥大統領の時代に出来た人造湖なのでダムによって塞き止められる以前はあのあたりを「楚河」といったのだろう。今ナマズ、フナ、コウライケツギョなどは獲れようがはいさり火は見たことないな。

「食蔵返照」と「高山暁鐘」は今も通用しよう。高山寺は一度行ったがかなり山の奥深くにあった
気がする。俗界を離れた地という感じがした。
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# by eowjs | 2005-06-23 13:20 | 大田(テジョン)の昔 | Comments(0)

プロフィール

1993年の夏から大田(テジョン)に住んでいる。
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# by eowjs | 2005-06-22 16:38 | プロフィール | Comments(0)